環境が子供を育てる 問題解決学習

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問題解決学習

問題解決学習という用語は、わが国の戦後新教育の評価と展開にかかわって、その対立用語である系統学習と対抗しながら、教育実践を方向付け学校教育現場に普及してきた。


学習指導要領の上では、社会課編で問題解決の言葉が使用され、一般編では、社会科や理科を問題解決の経験を発展させる教科として位置付けている。こうした問題解決を重視する戦後新教育における学習指導要領の理論的、思想的バックボーンとしては、デューイの反省的思考に言及しなくてはならない。デューイによれば、困難もしくは困惑を含む一つの事態が生起するとき、その事態の中に巻き込まれた人物は多数の手続きの一つをとるだろう。その人物はそれを回避したり、架空の投資行動に思いを募ったりするかもしれない。しかし、最後にその事態に直面するかもしれない。この場合には彼を反省しはじめるのである。そうした反省的活動の本質機能は案じ、知性的整理、指導的観念、すなわち仮説、推理作用、高度による仮説の検証の五つの側面ないし局面において、反省的思考作用の分析が行われる。

  • 活動の中で当惑を感じたり、困難に直面する段階
  • 当惑や困難などうして生じるかを私的に整理し、何が問題であるのかを明確化する段階
  • その明確化された問題を解決するための方法を仮説として設定し、それを指導関連として観察をしたり、事実的素材の収集活動を行ったりする段階
  • 一つの仮説としての観念ないし想念を綿密にする推理作用の段階
  • 仮説を具体的な行為もしくは構造的な作用によって検証する段階

 

の5段階として定式化される。

あるいは、そのプロセスはより簡潔に簡略化されることもある。戦後の問題解決学習をは、問題解決学習課、系統学習課の大綱図式をはらみながらも、わが国の教育実践に内在しつつ普及していく。それは、問題解決学習の内部からも児童中心の甘さを始め能力表つくって、それぞれの隔年のミニマム、エッセンシャル図を明らかにしなければならない、基礎学力とは何かということをしかり見つめて、その価値観習得を図らねばならない、など、まじめな自己反省と内部修正が置いたからであり、または系統学習の方でも、教科の系統を踏まえながら、主体的な問題解決を内在させるような問題探求的な授業をや課題解決的な学習を展開していくことになったからである。

問題解決学習と毛糸学習のそうしたそうも交渉は、特に経過を学習への転換といわれる時期において、問題解決学習をは、社会科やりだといった特定の教科の学習形態の枠を超えて、記録学習指導や授業家庭の構成原理として普及していくことになる。今日でも、国語や算数で、学習課題を子供たちが把握してから始まる授業が、その展開過程において、学習課題の把握、問題解決の方法を探索、その方法による課題解決の検証、というプロセスをとるのは、問題解決学習を反映したものであるといえよう。その際、学習課題を子供たちにつくらせることに腐心するのは、問題解決学習の児童中心の名残かもしれない。

今回の新教育課程が目指す社会の変化に主体的に対応する力としての生きる力の協調とともに、今再び、問題解決学習が重視されてきている。とりわけ新たに創設された総合的な学習の時間にかかわって、よりよく問題を解決る資質や能力を育てることや的、創造的に取り組む態度を育てることや、問題の解決や探求活動に主体的、創造的に取り組む態度を育てることが狙いとして明確に規定されていることで、学校での学びの基調として問題解決学習への期待は大きい。しかし、その際これまで述べてきたような学習指導や授業過程に内在してきた問題解決家庭ではなく、改めてその問題の独自な性格と解決課程としての学びの構造を、少なくとも 2点において取り直すことが必要である。

問題解決学習の問題のとらえ直しである。教科学習に内在する問題解決学習の問題や課題は、教科内容を発見するための仕掛けであったり、その解決家庭で習得すべき内容をつかむための仕組みであったりすることが多い。また総合的な学習の時間で提示されている国際理解、情報、環境を、福祉、健康といった感慨も、たしかに子供の生活とどこかでつながっているわけではあるが、それらは学習上の問題であって、直ちに子供一人一人にとっての切実な問題になるわけではないのである。

切実な問題とは、子供の生活経験との密接な交渉の中で修正されていく関心や願いによって構成されるところのものであり、まさに事態に直面して反省し始めるところから生じてくるものである。そのためには、子供の声をじっくり聞き、それをつなぐ十分な時間とゆとりが教師側に必要であるし、また問題解決学習の問題は、学習課程の初めにあり、そこから学習の始まるのではなくて、学習過程の中で醸成されていくのであり、学習課程とともにあるという問題間の転換が必要なのである。

二つには、問題を解決することの意味である。問題解決学習での解決は、何か答えが出ること意味しているわけではない。ましてや正解に到達するための学習形態として問題解決学習があるわけでもない。自分の切実な問題を追及する中で、一人一人の中に自らの考えがつながりを持ち、矛盾を克服していこうとする対応形成していくことが問題解決の解決の中身であり、それは名を、権威、権力のある偉い人の見解にげたを預けることで外的な物差し、例えば学問的系統に無条件によりかかり依存しきってしまうものではない。

そうではなくて子供も自分が自らのうちに系統性を築くために、切実な問題を追究し続ける姿にこそ、解決課程における解決の意味がある。だから問題解決学習の解決過程によって、既成の教諭学習あり方を問い直し続けるような、子供一人一人の持続的な学びが展開していかなくてはならないのである。